私には、現在中学生と高校生の子どもがいます。

二人とも小学生の頃から学校でノートパソコンが配布され、宿題や課題の提出はクラウド上で行い、発表のためのスライドをつくったり、動画を編集したりすることも、ごく当たり前のようにこなしています。

そんな姿を数年前から見てきて、ほんの短い間に、デジタル技術がこれほどまでに社会に浸透し、進化していることを実感してきました。

そして今、AIの登場によって、その変化はさらに加速しています。知りたいことはすぐに調べられ、文章も画像も簡単につくれる。便利になったことはたくさんありますし、その恩恵は私自身も感じています。

一方で、これからの時代、人間にとって大切なものは何だろうとよく考えます。

私は、実際に体験すること、五感を使うこと、そして人と同じ空間で時間を共有することではないかと思っています。

その場で感じる空気や匂い、温度、誰かの声や沈黙。

私たちは、言葉にならないたくさんの情報を、知らず知らずのうちに受け取っています。

ワークショップをしていても、そんなことを感じる場面があります。

以前、息子から「あのとき、お母さん、あの子は本当はこう言いたかったんだよ」と教えてもらったことがありました。

いつもアトリエを手伝ってくださっているbunちゃんからも、「あのとき、私はこう感じました!」と、私が気づかなかった視点を聞かせてもらうことがあります。

私は進行や参加者への対応に気が向き、目の前のことで精一杯になっていることが多々あります。でも、同じ空間にいた彼らは、私とは違うところを見て、気づき、感じ取っている。そして、その気づきをあとでちゃんと伝えてくれる。

それは、ただ情報を共有するということではなく、その場にいて、誰かの気持ちを想像することから生まれる思いやりなのです。

何を知ったかよりも、そのとき何を感じたかのほうが、長く記憶に残ることもあります。

atelierOCCOでは、制作の最後に、毎回鑑賞会を行っています。自分の作品を振り返り、ほかの人の作品を眺め、感じたことを言葉にする時間です。

「あっこれ、〇〇に見えるよー!」

子どもたちからそんな声が上がると、とてもうれしいです。

同じ作品を見ていても、感じ方は人それぞれ。自分とは違う見方に出会うことで、新しい発見が生まれることもあります。私は、そんな時間をとても大切にしています。

スマートフォンで写真を撮れば、その日の作品や様子を記録することができます。時が経っても後から見返すことができる。もちろん、それも素敵なことです。けれど、写真には残らないものもあります。

誰かの言葉に耳を傾けたり、思いがけない発見に驚いたり、同じ空間で一緒に考えたりすること。

それはその場でしか味わえないことです。

記録することも大切だけれど、記憶に残ることも大切にしたい。

参加してくださる方に、撮影の禁止。はしません。ただ、私の大切にしている想いをちゃんと伝えたいと思いました。

AIやデジタル技術が進化することと、アナログな体験を大切にすることは、決して相反するものではないと思います。便利なものは上手に取り入れながら、自分の手で触れ、自分の目で見て、自分の頭で考える時間も持ち続けたい。

すぐに答えが見つかる時代だからこそ、自分の中に問いを持ち、答えのないものに向き合うこと。

思い通りにならないことや、偶然生まれるものを面白がること。アートには、そんな体験がたくさんあります。

何をつくったかだけではなく、どんな時間を過ごしたか。作品のことは忘れてしまっても、あの日の空気や、心が動いた瞬間が、どこか、心の片隅に残っていたら・・うれしいな。

これからも、そんな時間をみなさんと一緒につくっていきたいです。